2009年5月3日 晴れ

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午前中から農作業に従事。汗だく。

夕方4時に、焼津駅改札口集合。メンバーは、彫刻家T氏、日本画家北村さゆり氏、ワタシ+夫。緒方拳と高倉健を足して割ったような、と聞いていたT氏、そのとおり。フランスにアトリエを持つ彼の物腰が、日本人離れ。

ほとんど、シャッターが閉まってる商店街を抜け、港へ向かう途中の町並みがいい。映画ここで撮りたいって感じ。海を見ながら世間話をする。初めて会ったT氏とのキョリがだんだん近くなって、リラックス。

T氏が5時に予約してくれた松乃寿司に到着。まだ、外は明るい。予約人数が3人だったため、4人では6時までしか席がないという。カウンターに座って、鰹の刺身、ばーうま。〆ものにコハダ、サバ、上品!自称・燗酒の会副会長のT氏がお燗を頼んでも、親父さんのポリシーで、冷やしか出してくれない。残り10分となり、あわてて握りをいくつか頼む。わたしはいつも、最後に穴子をいただきます、うまい!

タイムアップで6時10分に松乃寿司を出た。まだ明るい。
途方に暮れているように見えたのか、30代の赤ちゃん連れの夫婦に「飲みたいんですか?」と尋ねられる。「飲むなら、その角を曲がった先の寿屋です!」

店内に入ると、昔ながらの大きな木製冷蔵庫が現役。壁には魚市場の年間カレンダーっていうか、店内カレンダー多すぎ。いただいたら、みんな貼っちゃうんだね。
「鰹のへその味噌煮」生まれて初めて食べた、濃厚!へそ、食ったぁと思ってたら、それは心臓のことと、あとで知る。あんなにいっぱい、一匹にひとつの心臓を…。
T氏が途中から「天秀(てんひで)」さんという出張天ぷら職人キャラになったのが、笑った。

夜の焼津駅前、ちょっとコワイ。港町独特の、海の男を癒す店が。

4 月25日 晴れ

コレカラ展2のレセプションに行ってきました。

オーナーの仲澤さんがかっこいい眼鏡をかけて、皆さんを迎えている。
いつも搬入と展示を手伝ってくれるユウキが嫁さんを連れて現れ、嫁さんが来る前に彼んちに居候していた優もやって来た。彼はこのホームページトップのおいしい音を作ってくれた青年。

日本画家の北村さゆり氏がお父様の話をしてくれて、泣き。
優「オトナが泣いてるよ。」

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「アナタって、もうすこしやればメッセージもはっきりするし、仕上がるのに、なんで、その手前でやめんの?」
びっくりした、そう。完成され過ぎていたり、1つの捉え方しかできないものを私は望まない。

わたしの作品と見る人が出会うとき、私は不在。
誰ひとり同じ人生を歩んで来ていない。けど、だれかの心の襞と合わさったなら、そこから先は“見る人と作品が作るもの”と思う。
作品は、私と土とのとても私的な会話から生まれるものだけど、この時代を生きる営みの中で私が感じる摩擦。同じような揺れを感じたコトがある人に届け、届く。ユウキの嫁さんには届いてた、たぶん。

「いや、それがオモシロイよ。けど、何であれ、出したの?」と最後まで今回の展示に出すか出さないか迷ってた作品のことも指摘した、あのヒトは一体誰だったんだろう?

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コレカラ展2のディレクションをした鈴木安一郎さんとオーナーの仲澤さん
優「あのTシャツいいねぇ」

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作品について、お話ししました。優「何、語ってんの?」

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聞いてくださった皆さん、ありがとう。

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「ひとりになる装置」を見る、ユウキの嫁さん。

レセプションって、苦手と思う事が多いのだけど、この夜は人数もいらした方もきもちよく、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。
仲澤さん、おもてなし上手。適度にほっといてくれるのがいい。

photo:小澤 優

2009年3月17日 晴れ

小学校6年からの親友、育ちゃんが引っ越したので新居に遊びに行った。

育ちゃんから電話もらったこと、ない。
会わなくても、ゆるがない関係。親友は1、2、3…7人?

歴史とか偉人伝とかノンフィクションしか読まなかったわたしに小説を教えてくれた。大学へは行かず、地元の会社に就職。職場結婚の末、いま大学1年と高1の母。最初の家は、20代でローン完済。1代で2件目の新しい家は、車が並列に2台停められて、慎一郎の柔道着が毎晩干せる、オール電化の家。

育ちゃん、サプリの会社で計量係。ガストでもサラダの計量係だった。

「箱に60包入ってるか、61か59か測っても、すっごい微妙なわけ。1個抜いて59になったら、タイヘンじゃん。それをやるのは、最後の最後。中が4つに仕切られてるから、まず先に、15ずつ入ってるか確かめるの、わたしは。でね、部署替えで来た新人さんに『なんでそれ先に教えてくれないんですか!?』って言われたの。アタシだって自分なりの方法なんだよ。」

「15周年の社員旅行でディズニーSEAに行ってさ、全部ただで、帰りのバス、見た事ないくらい、すごいお弁当で。だけど、5時パートさんだけ15周年報酬出て、3時パートには出ないんだよね。5時パートさんが仕事できるかっていうとそうじゃないんだけど、アタシは5時まで働きたくないの。」

子供にゲーム機を持たせない友人の子が、攻略本を丸暗記して、学校ではTクンに聞けばわかると尊敬されてる話。
「勝手だなあ。あたしっちが鬼ごっこしてたのと同じなんだよ、ゲーム。」息子・慎ちゃん(高1)は食後ずっとゲームやってる。

タクシーで帰ったため翌朝、車を取りに行く。育ちゃん、ちょうど出勤前。食卓にラップがかかった「ソーセージを添えたチャーハン」のお皿とクリームパンが置いてある。

「かなこのお昼?エライね、育ちゃん。」
「別にフツーしょ。」
育ちゃん、好き。

2009年3月16日 晴れ

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栗田さんが届けてくれた草里のケーキ。上質で丁寧な味。
その大きさにびっくり!だけど、さっぱりしている。ウィーンな感じ。

ダメな自分にあきれ果てた1日。
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ああすればよかった、こうすればよかったとずーっと思うコト。 

7時頃から赤ワイン片手に、カニかま大根サラダで始まった夕食。もすこし野菜、とレタス・タマネギにパルメジャーノをスライサーで散らして、コールスロードレッシングでいただく。ここで、昨日のおでん登場。エキゾチック?家だから、日本人だからできるコト!「ゴハンものらないし、ペペロンチーノでも作る?」と言ったのが8時すぎ。 

「ピンポーン。」
ダレ、回覧板?と思ったら、大工の栗田さんがモニタに映ってる。
「ホワイトデーのケーキっす」
うれしい。ぱぁーって明るくなった。ぱぁーーーっと。

「ピンポーン。」さっちゃんです。凹んだわたしの愚痴を聞き、心配して来てくれた。サラダとパスタを出して、一緒にケーキをいただきました。しあわせ。

最近の、人に会いたいと思うキモチ。
出向くより、会いに来てもらうと、Homeでの会話は穏やかで心地いい。
月に何回かギャラリーを開ける方に向かって、すこしずつ準備を始めてよう。

 

カニかま大根サラダ

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1、大根は1mmぐらいの短冊に切り、塩をすこし振ってもみ、しばらく置く。

2、5分ほどでしんなりするので、水気をしぼって皿に盛り、適当に裂いたカニかまをのせる。

3、マヨネーズと味噌を3:2くらいで混ぜて添える。和えながらいただくと絶妙です。
味噌の塩加減にもよるのでマヨネーズとの分量はお好みで。うちは半々。

以前に比べて、レシピの一覧がでないのは見にくいでしょうか?

2009年3月14日 雨のち うす曇り

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雨があがって肌寒い新国立美術館に入ると、木にピンクのお皿がぷらぷらぶら下がってた。平川滋子さんの作品。光を感じると色がピンクになる。植物はこんな薄曇りでも葉を広げて光合成してるんだね。

新国立美術館に行って来ました。
多摩美グラフィックデザイン科で同級生の金田実生ちゃんが『ART FILE 2009』に選ばれていて、自分のことのように嬉しい。

実生の絵は、せつなくなるほどに真摯です。
目を細めて首をかしげ、キャンバスを見つめる彼女の姿が浮かんでしまうけど、そういうこととは関係なく、吸い込まれそう。
不確かで忘れられない、ちいさな心の震えみたいなものをなんとかしてその紙の上に表現しようとしている。「いま、生きている」と言う実生の喜びを感じます。

ペーター・ボーゲルス氏の映像と音の作品、好きだった。みんながいっせいにいろんなコト言い出したら、何にも聞こえない。

わたしは最近、人に会いたいと思ってる。人と会うと摩擦のようなものが起きて、とても疲れるけれど、今は自分から会いに行きたい。

1973年生まれの斎藤芽生さんの作品、椎名林檎というヒトが絵描きになるとこんな風だろうか。少し先に1974年生まれの宮永愛子さんのインスタレーション。彼女たちが見る昭和という時代は、まるで外国人が日本の昭和を見るようなイメージのフィルターがかかっていて、驚いた。10歳年が違うだけで、わたしの思う昭和とちがう。

ひさびさの東京は外国みたいだった。

2009年3月12日 晴れ

清水で一番おいしいケーキを持って、大工の立川さんが遊びに来ました。
天気がよかったから、バルコニーでコーヒーといただいた。
彼はお茶を差し入れするといつも、「うまいっ。」と言う。

家のなかで一ヶ所だけ、何を置いてもおちつかない場所。
そこを、大工のしげちゃんは「なんで、この木にしたのかな?」と言ったので、信用した。
15歳から働いてるしげちゃん。

わたしはつまんなかったから、大学へ行くと決めた。
ぜんぜん違う街で育ったヒトに会いたかった。

わたしの事を誰も知らないところへ行きたくて、イギリスへ行った。

彼が「これはダンナさんに」と残してくれた、果物のプリンが一番おいしかった。

2009年2月25日 雨 東京は雪

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ワークホリデーでイギリスに行っている卒業生から『ZUBES』が届きました。やった!これでもう、鼻炎はこわくない。大切にいただこう。
ときどきメールで近況を知らせてくれる彼女。ZUBESと一緒にうす緑の便せんに丁寧な文字で手紙が添えてありました。返事を書こうと、どの便せんにしようかレターセットをひっくり返す。

わりと身近な人が、インターネットで知り合って結婚する。2人はもう、子供もいて幸せそう。いろんな出会いがあるんだなぁと思う。

ロンドンのシェアフラットで上の階に住んでいたキヨミさん。日本人ツアー客の空港送迎をしていて、朝早いからいつもピリピリしてた。あるとき、「もう帰ることにした。最後に誰かイギリス人の友だちがほしい」とTimeout誌(日本のぴあ)の‘Lonely Heart’のコーナーに投稿、「日本人女性。イギリス人の友だちがほしい。」そしたら。どばぁ〜っと手紙が届いて、その中で、青い封筒の建築家と結婚した。すーごくキレイになって。彼は日本人女性に興味があるものの、街中でいきなり声をかける勇気がなく、筆をとったんだそう。GuardianやIndependent(日本でいえば、朝日や読売みたいな新聞)にもLonely Heartのコーナーはあって、「夫に先立たれて、子供も育ち、誰か週末一緒にオペラを見に行く友だちがほしい」とか。わかりやすい。でもコレも今はネット上で行われているのかな?

私は、顔とか、声とか、匂いとか、触ってみたい。その人の時間や気配を感じることのできる手がかり、便せんの色、ペンの種類、切手、ハガキの写真…から妄想したい。画面に並ぶ「ありがとう」の文字は、たったのすぐに彼女に届くけれど。彼女が封筒をポストに見つけて、差出人を確かめる。封を切って、綺麗に畳んだ便せんを広げて文字を追う、そういう時間の設計を考えるのが、好き。

2009年2月22日 曇り

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I was tiding up my studio and found this plastic bag from a box which I haven’t  opened since I was  back from London in 1992.

This brought me back to the time I spent in Kendal when I had a group show with the other graduates from RCA.I t was August 1992 right after our degree show.We were at a garden;I can’t remember where or what,there was a bonfire and Ed was kept burning crisps packages.I t was amazing to see how it was shrunk by  heat.He put a plastic package at the top of a twig and kept it in the fire. It became 1/10 smaller size.He gave me the smallest artistic one. We laughed a lot.

After the opening party,I went back to the Youth Hostel for sleep near the gallery.I was in girl’s dormitory.It was mid-night,someone started banging the door ,”Reico,where are you?I need to talk to you!!”I jumped up and went to the door.Ed was there ,”I just wanted to say Good night to you~~night night~~!” God! a stupid drunk,I thought.

Next morinig,I was back to London and we all knew that Ed left early morning to  home somewhere north on his motorbike. 3days later,Tami called me.Ed crashed into something on a way back home and he died.

This is not fair.I didn’t have a moment for him till I opened this box.I was the last one gave him a kiss for ’Good night’.

2009年2月15日 快晴

とてもおめでたく、美味しかった前菜

結婚式の披露宴に招かれました。

RCAを卒業する時、祖母が選んでくれた着物を着た。自分で着れないのは情けないけど、2人がかりで着せてもらうこの工程を一人でできるとは思えない。

結婚したのは、15年前に学校の講師となった時の学生。グラフィックデザイン科なのに、卒業制作は自分で溶接した鉄の椅子を出した男の子。今はディスプレイ会社で働いていて、展覧会の時には展示台をお願いしたりする。出会った時、18だった彼が今32歳で、そのとき30歳だった私の年齢を越えている。

上級生のいない新設校でわたしたちは、滑稽なほど一生懸命で。この子たちとは一生つきあうんだろうなと思ったのはそのとおり。今は面倒みてもらってる(笑)。

みんなが、たった一人で今しか出せない答えを出していた。そんな時間。この子たちのためにもう少しガンバロって思うことがあるくらい、感謝してる。

同じテーブルにお茶農家の青年がいて「無農薬のお茶ってあり?」「お茶はめっちゃ虫つくんで、はっきり言ってムリ。有機はやってるけど、無農薬のはバッサバサでまずいんよ。農薬は最低限しか使わんし、残るような時期に撒かないっすよ。そんな農薬使ってたら、撒いてるオレら病気になるし。」そりゃそうだわな。んでも、無農薬のお茶があるってことは、すんごい努力してるってコツ?

2009年2月3日 晴れ(節分)

去年の暮れ、デコちゃんから電話があった。「れいこちゃん、マスターが亡くなって、今日お葬式なの。静岡から見送ってね。」

大学時代、国立の邪宗門でバイトをしていた。手足のなが〜い金髪のマスターとショートヘアのママさん。マスターはマジシャン。あの洋服のセンスは何風というのではなく、もうマスターしか似合わない不思議風味。2階に猫がいて、ママさんの作るカボチャのプリンは絶品。狭いカウンターの中でママさん、マスターといろんな話をした。柱の色、床のレンガの段差、船乗りだったマスターが集めた異国の灯り、ドアベルの音、ママさんのタバコの消し方。店が上がって、奥の4人席でコーヒーを飲んだ。あのソファーのどこが解れていたかも覚えてる。

大学卒業後は、イギリスに行く前と帰国した時と、ほんの数回訪ねただけ。でもあの空間を音と匂い付きでこんなにも鮮明に想う。あまり会わなくてもその人がいまこの時を生きているのと、もう不在であると知るのは大きく違う。けれど、私にとって、マスターの存在は最初から浮世離れをしていて、今も何かしらおもしろいことをみつけていそう。

バイトの先輩・デコちゃんからのハガキで、記念にコーヒーカップを1つ譲ってほしいとかいろんな声はあったけど、形見分けなどいっさいせず、お店もたたんで、建物は取り壊し。ある意味、とても邪宗門らしい終わり方だったとありました。

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