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第7回「令子の部屋」は、キョリの削除。

2017年04月28日

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第7回「令子の部屋」は、大阪にある世沙弥さんで、精神分析家の立木康介(ついきこうすけ)さんをゲストに迎えました。
(京都大学人文科学研究所准教授。 精神分析家。神奈川県出身。著書:『露出せよ、と現代文明は言う』『狂気の愛、狂女への愛、狂気のなかの愛』雑誌「三田文学」に『ラカンと女たち』を連載中。獅子座。)

今回も大阪ではトーク後、参加した方のお話が面白かったです。

「ニコ動での川上さんが何かのプレゼンでちょっとウケ狙いの話をしたところ、会場に来ていたお客さんはみんな無表情で全くウケていない様子だったけど、手元のPCでその会場を中継してるニコ動の画面を見てみたら、wwwwwwがいっぱい書き込まれてて実はすごいウケてた」「誘拐犯人が、女の子のふりをしてLINEの返事をしたら、”なんかちがう”と友達が気づいた。」という話も面白かった。「でんぱ組というグループの子たちは一緒の部屋にいてもLINEで会話する」そうです。

表情筋を使わないというか、テキストに表情があるのか?つかう筋肉違うんだね。

あとで、
>そういえば、コンピュータの父であるアラン・チューリングもFacebookのザッカーバーグもAppleのジョブズもみんなアスペルガー系なので、現代のコミュニケーションと発達障がい的な資質(面授が苦手で、記号やテキストを好む)は密接に関係してるかもしれません。そういう人たちが作ったデバイスに親しむうちに、現代人もそういった筋肉が鍛えられたのかも、と逆説的に思ってみたり。

と参加した方から感想が届いた。

目の前の人に伝える。声のとどく範囲というフィジカルな限界。でかい声を出す、、手紙、、電話、、メール、スカイプ、距離の削除によるコミュニケーションの形の変化。
なんでそんな遠くの人と話す必要あんの?

遠くても、同じような志の人と集う。
そういうことかなぁ。
その偏りのいいところは、世界のどこかに自分の心地良いコミュニティーを見つけられる可能性と、ものすごく逆に視野せまくなる可能性もあって。あぁ、これ、三宅なほみさんと話したことだった。

あと、私が面白かったのは、本当の孤独ってあるのか?登呂遺跡の復元住居など見ると、個室なんて発想はない。いつから、ひとは一人になりたい?疲労回復にひとりになることが必要になった?肉体疲労と精神疲労は全然違う。ベッドホンして個室に入る、でもそれ、安全だからできること。だって、聴覚は生物として自分の位置を知り、他の生物との距離感を知る、自分の身を守るために大切な器官。その穴を塞いでる。

令子の部屋のいいとこは、まとまんないけど、何かしらいろんなこと考えるきっかけになるところ。
今回も面白かった。参加してくださった皆様、ありがとうございました。

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