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12月18日、藤原辰史さんを迎えての「令子の部屋」のこと。

2016年01月04日


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12月18日、藤原辰史さんを迎えての「令子の部屋」

私の2013年からの “キッチンシンクを背負って、見えない下水の道をたどる”プロジェクトについての説明が長かったかも??という反省があれど、アレないと分からなかったという方もいて、パーフェクトなことはないだろう。と思うのと、ちょっと下準備をしすぎたかも?。話しているその瞬間、目の前にいる方からのボールに、辞書ひいて対策練ってたら、空振るわぁ。瞬発力(その場の運動神経)も日々の鍛錬か?そだね。中途半端な勉強は知識のひけらかしになるから、要注意。一回を大事にする。覚悟をもって。

は、さておき。(次に活かそう。)

「ナチスのキッチン」の著者である藤原さんの研究室に伺った時にいただいた「分解の哲学」という寄稿が素晴らしかった。「ARTORO」で私たちがやってみて気づいたコトが言葉となって、裏付けられているよう。

私は何かあっても、3日間は自分ちの庭のものを食べて生きていけるように畑をやっているけれど、藤原さんは「考える人」に「銃弾が体を貫き、砲弾でクビが飛ぶことだけが戦死ではない。お腹が減って体が衰弱し、やせ細って生き絶える。つまり餓死も戦死。」と書いていらした。
本当に、そう思う。

食物自給率39%の日本。戦争になったら、食料はお金のある人、または自給できる人の手にのる。うちの庭からでも、私にできることがある。

雨の翌朝、アスファルトの細い坂道で滑りそうになった。すぐ脇の土に被さった葉っぱは、分解者によって、土に還っていく。10月、うちのバルコニーの窓に鳥が激突して死んでしまった。どうしよう…(その軽さにも、言葉を失いながら)と手に抱いていると、向かいの畑のおじさんが「ここに埋めときゃいいよ。」と畑の片隅に鳥の死骸を埋めさせてくれた。

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土の中には、無数の名もない菌がいる。彼らが有機物を分解してくれなければ(その前にミミズやダンゴムシの活躍があるけどね)、植物の栄養にはならない。以前、父の同僚(元農家)が「土を遊ばせるなんてもったいない」といったけれど、土からの恵みというより、土と交換するために、わたしたち人間のできることは何か?考えたい。藤原さんの言うように、人間の身体はチューブ。循環の一つの通過点。ついこの間まで、日本は人間の糞尿は良い肥料として使ってたわけだし。(個人的には、この身体もいつか土に還るとしたら、不純物のあんまりない状態で戻したいもんだと思っている)

 

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取り壊しとなった、近所の有度珠算専門学校のあった土地は、宅地として売り出される準備がされている

とりあえず、これから家を建てる方にお願いしたい。駐車場とか全部コンクリートで埋めないで、半分芝生にしておけば涼しいし、土の部分を残しておけば、野菜も育てられるし、落ち葉もゴミとして出さずに土の栄養になるから。

皆さん、土のこと、よろしくお願いいたします。(て、ワタシ誰?)

 

令子の部屋に参加してくださった方の感想を下記に:
◎ちゃんと言葉にできないのですが、漠然といつも感じている(スーパーとかドラッグストアーとか物が大量に陳列されているところに行くと特に)、今の(身の回りの)時間の流れとか、物の流れとか、ほんとにコレいいの?要るの?これじゃなきゃダメなの?コレほんとに幸せなの??みたいな違和感の根っこが見えたような気がしました。
牛肉の話も、そんなことを象徴しているようでしたね。
とりとめもないですが…
それとお話しを聞いていて、またARTORO通じて感じたのは、食べるものをつくるプロセスは食べ方にそのまま反映されるのだなと。
作り方が大量、機械化されていると食べ方もまたそうなるし、作り手の意志が見える食べ物を頂く時にはそれなりに気持ちを受け取って頂くことになる。
食べたもので体ができていると言う単純な事実。それを思うと食べるもの、食べ方は大切だな。やっぱり。
…って無茶苦茶ありきたりな言葉ですが(–;)
そんなことを感じました。
とっても面白かったです。

◎マメ科の植物と根粒菌のお話が一番こころに残りました。
二者の関係ってすごく純粋で互いには無関心なんだけれども、それが全く歪でない循環の輪を築いているんだな、すごいな、ってそう勝手に解釈して夜ひとり感動してました。

◎玲子の部屋で心に残ったこと、ほとんど全部だけど(笑)
その中でも「分解」って言葉が印象的です。
藤原さんがおっしゃっていた、分解の時代の必要性。
ひとつに結合されてしまったことにより、本来の要素が見えなくなっている現代。便利により簡単にしていくことってたくさんあった要素が削り取られてしまってる。でも私が気になること、ワクワクすることはその一つ一つの要素なんですよねぇ。
歴史の重要性も感じました。学校で習う歴史はつまらなかった。戦いの話、政治の話ばかりで。その裏には人間の細やかな営みの歴史ってのがたくさんあったんですよねぇ。この間の古墳でも思ったけど、視点を変えて過去を見るって本当に面白いなぁと思います。
本原さんの作られたシンクのストーリーもとても良かったです。
そして藤原さんと本原さん、研究者と芸術家がお互いの気づきを交換しあう姿を見ていて、こういう場がもっともっと増えるといいのにな、と思います。これがまた次の気づきを生んでくれるわけで!
2時間、ざわざわする言葉がつまってました。

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ARTOROで使った2013年の田んぼの土。地球みたいでしょう?最初は全部茶色の土壌土だった。見えない嫌気生菌が働いて、内側は無機化した粘土になっている。よく、陶芸家が土を寝かせるという意味はここにあります。

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