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人の意思が見えたよ。

2015年11月19日

11月15日(日)2015年ARTORO最終回「土からの恵みを食べる。」

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今年は、現代のガスコンロの原型を見るような新しい景色を見た。

これまでの2年間、4グループが1つの台付甕で2回、米の煮炊きに挑戦し、1回目の体験から2回目は燃料を減らす工夫や蓋をするなどの試みがあった。

今年、2グループにそれぞれ、大きな台付甕2つと、小さな台付甕1つを渡し、10月に収穫した米を煮炊きしてもらうと、「燃料がもったいない!」と、どちらのグループも甕を3つくっつけて調理を始めた。そのうち、「火がもったいないから、魚を棒に刺して横で焼きたい。」という声!これは、うちにある3口のガスコンロに魚焼き機がついてる原型みたいじゃないか?

もうひとつ。長坂さんが今年は、海水を用意した。どちらのグループも海水入りと、水とに分けて煮炊きを始め、小さな甕では製塩をした。参加者の田中くんが谷津山で採れたムカゴを海水炊きの方に入れる。木佐貫くんが、自分でつくった小さな台付甕で、椎の実を海水で炒り煮。

椎の実、美味しい!
塩加減絶妙のご飯も美味しかった。

塩ってすごいなぁ。
我が家では、この5月から食生活を見直し、味付けには塩、酒、醤油、酢、味噌、みりんしか使わなくなったけれど、まったく問題ない。逆に、夫はレストランっぽい味になってきたという。(そうだよね、レストランはキューピー・イタリアンドレッシングを使わないし、日本ほどドレッシングや調味液の多い国はないと思う。ドレッシングに至っては、携帯用からジェル状まで、本当にそんなバリエーションは必要なのかな?)

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今年(2015)の田植えは土木事業から始まった。OB田んぼと、今年度参加者による1年生田んぼ、共に実験する直播き田んぼ。水をどう引くか、必死の形相。OB田んぼが深水になる、水上から来ないように堰き止めろ!いくら掻き出したって、水の生理は上から下へ流れるし、畦があっても、水は浸透するのに。講座が始まって以来、初めて見た「私有化」という出来事。
「争いって、こうやって起きるんだ。」と女性の参加者が小さな声で呟いた。

ARTOROでは各回講座の後、「?」と「!」を書いてもらうが、9月の野焼きの回に「ゴミという概念はあったのか?」という『?』が出た。
先日の煮炊きの前に、米搗き(杵と臼でやりました!現代でいう精米ね)をした。脱穀後の、籾をはずした穂をまとめて小さな箒を作り出した方がいた。これがまた、調子よく籾殻を掃きまとめられる。ムダ、ないなぁ。

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お米を煮炊きしたあと、さて何で食べようか?と参加者は遺跡内をうろうろ、大小さまざまな葉っぱを集めて来た。大きな葉っぱを2枚重ねて皿代わり、堅くて細い葉っぱは匙代わり。

「食べ終わって、モラルなく、ポイって捨てちゃって。」と振り返った。ポイッと捨てても大丈夫。ダンゴムシやミミズ、ヤスデやら見えない菌たちがちゃんと分解してくれる。人も含め、すべての生態は土に還る。「ゴミを捨てるな!」というモラルは、現代の概念だ。

ARTOROの活動を始めて、4年。最初は大きな質問状、そんなつもりだった。震災を経て、何が本当に必要なのか?
活動を進めていくうちに、一緒に考えて実験してくれる仲間たち(←私がこのコトバを使えること自体、奇跡)から沸き出る小さな『?』が、私たちの“今”を裏付けていった。現代の暮らしは突然、こうなったわけではないね。

歴史を知ることは、案外と今の自分を勇気づける。
去年も今年も、女性参加者が「何か、強くなった気がする。」と言った。

今年は土に砂を混ぜて土器を作る方法も、野焼きも田んぼから出る籾と藁、泥に木の枝で完成した。
だけども。今年はやり方でなく、それをやった人の意思が見えた1年でした。

今年もみんなで作った、美味しかった。、楽しかった。

みなさん、今年もありがとう。

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*関連記事:

「今年も、ARTOROには『?』がいっぱい。」

「おんなじ土でも違った!」